表情分析官

表情分析官のキーアイテム、FACSとは何か?

表情を理解し、分析し、利用するために世界中の心理学者、アニメーター、エンジニアに広く利用されているFACS。FACSとは何で、どう利用され、FACSを習熟するにはどうすればよいのか?についてご紹介いたします。

FACSとは

FACSとは、正式にはFacial Action Coding System(顔面動作符号化システム)といい、視認可能な顔の動きを包括的に測定するためにPaul Ekman、Wallace Friesenらによって1978年に開発された分析ツールかつ表情理論のことです。FACS理論によって、顔のあらゆる動きが計測でき、客観的なデータとして顔の動きを表示できることから、心理学者を始めとした多くの研究者やアニメーター、さらに近年では、ロボット工学のエンジニアらによっても活用されています。

2002年の改訂版FACSでは、41の顔の基本動作が定義されています。基本動作は、顔の解剖学的な知見をもとに32のAction Unit(AU)と9つのAction Descriptor(AD)に分類されています。これらの基本動作の組み合わせによって様々な顔の動きがコード化されます。FACSコードを用いて図1の顔の動きをコード化してみましょう。


顔面動作符号化システム

例えば、図1のような顔の動きは、AU6+7+12+25(より厳密には、それぞれのAUに強度を示す記号が加わります)とコード化されます。AU6は眼窩部眼輪筋(ガンカブガンリンキン)の動き、AU7は眼瞼部眼輪筋(ガンケンブガンリンキン)の動き、AU12は大頬骨筋(ダイキョウコツキン)の動き、AU25は翼突筋(ヨクトツキン)、顎二腹筋(ガクニフクキン)の動きを示しています。

AUによっては一つのAUの動きに複数の筋肉が関わっていたり、同じ種類の筋肉でも独立した動きをするために異なった種類のAUが付与されている場合があります。そのため、各顔面筋の名称とAUとが一対の関係になっているとは限りません。

FACSの利用例

FACSは開発以後、その科学的厳密性から様々な場で利用されるようになり、膨大な実証研究からその有効性が証明されています。心理学の分野では、主に感情と顔面筋の連関に関する基礎研究、犯罪者や精神病患者の表情の研究に利用されています。一例を挙げると、「微笑」には18もの種類があることが発見されています。また繕った表情と自然な表情をFACSコードとして記述することで、両者の表情の諸特徴を客観的なデータとして記録することに成功しています。

映像、アニメーション関連の分野では、CGやアニメのキャラクターにリアルな表情をさせるためにFACS理論がアニメーターによって利用されています。また実写の映像において、若い登場人物が高齢になったときの表情をCGで製作する際に、現実には実現不可能な時間の経過を伴うリアルな表情がFACS理論にもとづいて作られています。

工学系の分野では、様々な表情を読みとるカメラや「笑顔」を認識するカメラ、感情を表現する・感知するロボットの製作・開発にFACS理論が利用されています。

認定FACSコーダーについて

認定FACSコーダーとは、FACSマニュアル及びInvestigatorガイドをもとにFACSのコード化手法を習得し、FACSの販売元が実施するFACSコーダー認定テストに合格した者のことをいいます。コーダー認定を受けて初めて、人の顔の動きを客観的に記述できる技術を有すると考えられます。したがって、人の顔の動きを分析し、それを説明する必要のある者にとっては、FACSコーダーの資格は非常に重要なものだといえるでしょう。

残念ながら、日本には認定FACSコーダーはほとんど存在していないと考えられます。FACS販売元に問い合わせたところ、この10年間でFACSマニュアル&ガイドを日本に届けた数は40セット程で、販売元のリストには日本人の認定FACSコーダーは存在しないとの回答を得ました。ただし弊社の調査によって、1978年の改定前FACSのコーダーの存在及び日本人の認定FACSコーダーによって執筆されたと推察される心理学系の論文が僅かながらに存在していることを確認しております。


      FACSコーダー認定証
FACSコーダー認定証
しかし表情研究・分析を行う欧米の研究者や実務家のFACSコーダー取得率を考慮すると日本人のFACSコーダーの数が極端に少ないことには変わりありません。確かに、表情分析をするうえで、FACS以外の表情分析の手法やコンピュータによる自動化FACSコード技術はありますが、計測上の様々な問題があったり、人の目でしか確認できない顔の動きもあります。また例え、将来、コンピュータが完璧かつ自動的にコード化をしてくれるようになったとしても、表情を分析する上でFACSマニュアルを学ぶことは、顔面筋の動きを知る上で大切なことだと思われます。

FACSコーダーの難易度

FACSマニュアル及びガイドは、膨大な写真及び動画を含んだ700ページを超える内容です。そのため、その理論及び技術習得には最低でも半年間にわたる集中的な学習が必要だと考えられています。さらにコーダー認定を受けても、研鑽を重ねる必要があり、そのスキルが熟達するまでには長い年月と経験が必要となります。例えば、FACSを利用して人の表情がコード化される際、二人以上の認定FACSコーダーによって独立してコード化されたFACSコード群が、ある方程式に則って計算されます。その方程式によって各々のコードの相関が計測されます。その相関がある一定レベルを超えないとコード化の客観性が保てなくなり、そのデータを破棄せざるを得ない事態となるのです。したがって、表情のコード化の客観性の観点からも、データ保存の観点からも、熟練レベルに達するまで日々トレーニングを重ねる必要があるのです。こうしたFACSコーダー資格取得までの道程及びそれに続くトレーニングが並大抵ではないことに加え、外国語という壁があります。マニュアル及びガイドは全て英語で書かれており、FACSを解説している日本語の書籍はありません。そのためFACSを学ぶ前段階において英語の高い読解力が必要とされます。

FACS CDROM表紙

開発者の一人Ekman博士によれば、FACSはその性質上一人で学ぶものではなく、FACSに詳しい人物をリーダーにグループで学ぶのが適当だと述べています。なおFACSコーダーの認定を与える機関によればFACS認定試験は一度でパスできるものではないので、何度もトライして欲しいとのことです。




参考文献
Ekman Paul, Friesen Wallace, Hager Joseph (2002) Facial action coding system: a technique for the measurement of facial movement.
Consulting Psychologists Press, Palo Alto, CA